◆ 成熟からの脱皮
産業の成熟化に伴い、中核となる企業の多くは、その地位確保のため、経営の多角化や総合化を推進する。しかし、それだけで大丈夫だろうか。
歴史に見る幾つかの事例では、その先に凋落があった。
コンピュータ産業も例外ではない。
その意味で低迷する日本のコンピュータ産業が、再度、成長曲線に乗るには、明確な目的をもった企業への変身、それに伴う企業の分割、そして動きの軽いスタートアップの育成、さらには他産業からの市場参入など多面的な努力を必要とする。
勿論、グローバル化は前提だ。しかし現実をみると、日本には米IBMのような巨大SIerが5指ほどもあり、その傘下に全てのIT関連企業が組み込まれているような錯覚に陥る。ユーザー企業のIT部門も彼らと付き合う以外に、当面の手立てはなく、まさに閉塞感が漂う。この構図からの脱皮こそが活路である。
一 方、米国のコンピュータ産業を見ると、Appleを筆頭に、Microsoftも、HPやDellも、さらにOracleに至るまで企業の活動フィールドは限定的で、それ故、企業目的はかなり明確だ。その中でどうやって売上を拡大し、利益率を高めるか、それが勝負処である。
例外はIBMだけ。
米国市場におけるIBMの存在は、今やハードからソフトまでを提供する巨大なSIerだ。それを望むユーザーだけが彼らを必要としている。しかし市場はもう新しいテクノロジーが彼らから出てこないことを知っている。クラウドでは完全なフォローワーとなった。つまり、過去、イノベーティブな会社として尊敬され、技術と製品で市場をリードしてきたIBMは、時代の変遷の中で、トップの座にこだわる余り、企業拡大に固執し、SI事業に偏重した。まったくのところ、会社の定款が変わってしまったに等しい。それでもIBMは寄らば大樹的なユーザー需要と、健全化が進む本流のIT企業群のおかげで、その勢力を未だ保っている。
◆ ピンチからチャンスへ-ネットワークの仮想化
クラウドは仮想化技術から始まった。
初期の仮想化はサーバーに始まり、次にストレージ、そして今、一番ホットなのがネットワークの仮想化だ。この分野が整備されれば飛躍的な向上が望める。構造的な問題を抱える日本のコンピュータ産業にとって、クラウドで世界に認められるにはどうすれば良いのか。ネットワークの仮想化はピンチを切り替えるチャン スでもある。
=Virtualized Networkを搭載したミドクラのクラウド!=
「Midokuraとはミドリのクラウドという意味です」
幸運にもMidokuraのファウンダー兼CEOの加藤隆哉さんにインタビューする機会があった。同社のミッションを尋ねると、「健全で先進的なクラウドをどう提供するか」、そのためには「グローバルオペレーションとネットワークの仮想化は欠かせません」と即答する。混沌とする現クラウド世界の解決法が見えているという印象だ。
Midokuraの戦略ポイントは2つ。
ひとつは、まずグローバル化。クラウドの成功にはこれなくしてはあり得ない。
共同設立者兼CTOのダン・ミハイ・ドミトリウ氏は元Amazonのエンジニアだし、サンフランシスコにはGoogle出身者を置き、ヨーロッパにもエンジニアを抱えている。小さいながらも世界中にエンジニアとオフィスを展開し、英知の結集とグローバルネットワークの構築を進める。目指すはグローバルコミュニ ティーとの連携だ。
2つ目は、勿論、提供するクラウドインフラのMidoStack。
このインフラはRackspaceがNASA Amesの協力で始めたOpenStackがベースとなった日本発のディストリビューションである。OpenStackディストリビューションについては前回記事「OpenStackの進撃が始まった!」 で述べたように、もっとも活発なのはCitrixだ。これには買収されたCloud.comも含まれる。さらにUbuntuとInternapが続き、 Midokuraはこれらと戦略的にも製品的にも十二分に戦える。
特に、これを端的に示すのがMidoNetと呼ばれるネットワークの仮想化だ。
ネットワークの仮想化とは、物理層と論理層の間にネットワーク専用のハイパーバーザーが介在すると思えばよい。
この分野では米スタートアップのBig SwitchやNiciraなどがいるが、MidoNetはISO Reference ModelのL2/L3、さらにファイヤーウォールやロードバランサーなどを対象とするL4もカバーする。競合する彼らはまだL2が基本でやっとL3に手が伸び始めたところだ。同社にとって、MidoNetこそがコアテクノロジーである。
仮想化ネットワーク(Virtualized Network)は多くのメリットを提供する。Web全盛の今日、幾つものIPアドレスも持ったアプリケーション群を新設データセンターやクラウドに移行することは容易ではない。しかし、この技術が確立されれば、アプリケーション移行もネットワーク変更も画期的に簡素化される。インタビューの最後に、加藤さんはぽつりと、「L2、も しくはL3も時期を見てオープンソースにしても良いかもしれない」とつぶやいた。
Virtualized Networkもそんな時代に入り始めているのだ。MidoNetを搭載した同社製品は近々、βとなる。並行して、大手iDCのBit Isleと組んだパフォーマンステストが進んでおり、全てが順調に推移すれば、そのままMidoStackベースのクラウドプロバイダーが登場する。
=NECの挑戦-Programmable Flow=
NECもこの世界の開拓を目指している。
ことの始まりはStanford大学のNick McKeown教授が提唱したOpenFlowだ。
この考え方は、 これまでのISO Reference Modelを前提としながらも、実際のネットワーク構成を大きく簡素化し、これまでのスイッチやルーターをひとつの平面として扱う。つまり、従来のレイ ヤーを基本とする縦型のネットワーク構造に対して、OpenFlowではL1からL4までのレイヤーを論理的に一纏めにし、フローと呼ばれる概念で処理する。これを同社のProgrammble Flow製品でみると、実際にフローを処理するスイッチ部と、そのスイッチ部にどのようなフロー処理を行わせるかを指示するコントローラー部(制御)に分かれる。言い換えると、データのパケット転送にはOpenFlow対応のスイッチがあり、経路制御はサーバー上にソフトウェアを載せたアプライアンスの専用コント ローラーがある。
ここで要となるフローとは、各レイヤー毎のアドレス/タグの組み合わせによって、通信トラフィックを識別して特定するルールであり、このルールの取り扱いをOpenFlowではアクションと言う。これによってエンド・トゥ・エンドの通信が可能となる。
実際のところ、前述のMidokuraもネットワークの仮想化には、このOpenFlowを基本としている。つまり、同じOpenFlowの核となるコントロール部の開発において、NECはネットワーク機器に軸足を置き、Midokuraはそれをクラウドに組み込もうという試みである。NECはOenFlowメンバーの中で、先頭きってスイッチ&コントローラー開発を手がけてきた。その同社を追って、大手CiscoやJuniper、さらにIBMやHP、Brocade、Dellなども動き出した。前述の米スタートアップでもコントローラー開発が進み、市場にはオープンソースのNoxもある。大手が本格参入すれば、市場再編は一触即発だ。その前に先行するNECやMidokuraの活躍が浸透すれば、大きなチャンスが生まれる。今年2月末、OpenFlowプロトコルは1.1となり、参加メンバーも40社を超えた。
いよいよ戦闘開始である。
◆ ピンチからチャンスへ-Telematicsの世界
ピンチをチャンスに切り替えるもうひとつの要素は、大きな発想を持ったユーザーかもしれない。特にグローバルビジネスの最前線にいる自動車会社への期待は大きい。彼らは色が染まっていない異業種だからだ。一時期、家電製品ネットワークが話題となったが人気先行で進まなかった。今、クラウドとの関連では自動車業界のテレマティックスが注目だ。これまで、テレマティックスは車載機上のカーナビを核とした交通情報提供として発達してきた。米国勢のGM OnStarやFord SYNC、日本のHonda InterNaviやToyota G-BOOK、Nissan CarWingsなどだ。
しかし今後は、スマートフォーンやPHV/EVの普及を睨んだ多様なサービスが中心となる。その核にクラウド利用が浮上する。第1弾として、本場米国ではスマホと車載機を連携させたGM-MyLink、Ford-MyFordを追加、欧州勢ではBMW Connect、SaaB IQonなども登場し始めた。
=トヨタの挑戦=
北米トヨタではこのような状況を睨んで、北米市場で販売予定のPrius-V(日本名プリウスα)にEntuneを搭載する予定だ。北米トヨタはこれまでロードアシスタントとして、SafetyConnect(日 本ではG-BOOK)を提供してきた。Entuneはこれに追加する形となり、車載機がスマホ連携のマルチメディアシステムとなる。
インターネット接続のiPhoneと車載機はBluetoothで接続、実際のアプリはiPhoneで動く。しかし、iPhone同様のUIタッチスクリーンが車載機画面に現われるので、ドライバーには車載機にアプリがあるように見える。
このEntuneが発表されたのは今年始めのCES 2011だった。
Microsoftの検索エンジンPingも搭載予定で、これを使えば、最寄のコーヒーショップやガソリン/チャージスタンドを音声で探し出すことも出来る。次いで4月にはMicrosoftの開発中のスマートグリッドシステムMicrosoft Hohmを利用し、PHVやEV向けのクラウドを2015年から運用すると発表した。このシステムはWindows Azureがベースだ。さらに5月末、今度はSalesforce.comと提携、企業向けソシアルネットワークChatterを利用したToyota Friendを発表。このToyota FriendではPHVやEVとオーナー、それにサービスセンターが相互にチャットをしながら、バッテリーのチャージや点検などの的確な処理を目指す。稼働は早ければ来年からだ。
今回述べてきたように、日本のコンピュータ産業は構造的な問題を抱えている。
しかし、これをブレークする糸口が無いわけではない。トヨタに触発されて、MicrosoftやSalesforceも動き出した。同様に、自動車会社だけでなく、他産業でも追従の動きが見えてくれば面白い。また、 Midokuraのように、グローバルな視点で活動するベンチャーも見逃せない。環境の厳しい日本のベンチャーにとって、彼らが日本を抜け出す前に、改革が進む大手ITベンダーなどの支援が欲しい。
それはピンチを切り替える3つ目のチャンスでもある。