2013年9月25日水曜日

SDNはブレークするか 


SDN=Software-Defined Network=市場が活況だ。
きっかけはOpenFlowだ。策定したのはONFOpenFlow Foundation。今やサーバーの仮想化はすっかり定着し、クラウドを支える重要な要素技術となった。残りはネットワークとストレージだ。この2つが真に仮想化されれば、その利便性は図りしれない。まさにVMwareが提唱するSoftware-Defined Datacenterも夢ではない。さらに言えば、ネットワークとストレージの巨人、CiscoとEMCへの挑戦となる。サーバーは標準化によるコモディティ化が進んで価格は大きく下がり、その上、仮想化やクラウドでユーザーは大きなベネフィットを受け取った。しかし、一方でネットワークとストレージ機器の価格は、依然、高止まりが続いている。まずはネットワーク市場の開放だ。

<SDNとOpenFlowの課題>
現代のネットワーク機器は、自律的に情報を収集してダイナミックにパケット転送を実行する。このため、各機器には制御と転送の2つの機能が組み込まれている。OpenFlow仕様ではこれを分離、制御部をOpenFlowコントローラ(Control Plane)、データ転送部をOpenFlowスイッチ(Data Plane)として、OpenFlowプロトコルで接続する。OpenFlowコントローラーはパケットの流れやフレームを管理するフローテーブルを生成し、OpenFlowスイッチはこれらの情報から実際のデータ転送を実行する。この仕様のもうひとつのポイントは、スイッチの動作とその制御のためのフロー定義のみで、コントローラー全体をどう設計し、どのようにネットワークを制御するかはベンダーに任されている。それ故、OpenFlowコントローラーには色々な実装が考えられる。ソフトウェアを主体として開発するか、専用ハードと組み合わせるか、どのようにネットワーク全体を制御するか等々。勿論、これらの方式決定には、ターゲットとなる顧客層や期待するパフォーマンスなどが重要となる。つまり、OpenFlowは自由度があるが故に、課題も抱えている。
=VMware NSX、統合への道=
VMwareがNiciraを買収したのは2012年7月。
以来、SDN製品の実用化が俄然、現実味を帯びて来た。そして、今年8月末、VMware NSXを発表。周知のようにESXがVMwareのサーバー仮想化の基本製品であるからして、このNSXと冠した製品に賭ける同社の意気込みが伺える。しかしNSXには2つの流れがある。 ひとつはNiciraのNVP(Network Virtualization Platform)。これはOpen vSwitchをOpenFlowスイッチとして使用し、独自のSTT(Stateless Transport Tunneling)トンネルをサポートする。もうひとつは同社が開発してきた仮想ネットワークサービスvCloud Networking & Security (vCNS)とvSphere Distributed Switchだ。この仮想スイッチのトンネルはVXLAN。NSXはOpenStack連携やMulti-Hypervisor対応を睨んで、NVPが基本プラットフォームとなることは間違いない。VMwareによると、2つは段階的に融合するという。今年4Qのリリースはその第1弾となる。ただ、両者は既に顧客を抱えており、ひとつに統合するには紆余曲折が予想される。

=Red Hatの認定ソフトウェアとなったMidoNet=
日本のミドクラも頑張っている。
最新情報によれば、Red HatのクラウドEnterprise Linux OpenStack Platform (RHELOP)とMidoNetのインテグレーションおよび品質検証テストが完了し、正式にRed HatのCertified ISV(Independent Software Vendor)となった。この連携は、勿論、OpenStackのネットワークワーキングに関するコアプロジェクトNeutronを通したものである。彼らが目指すのは真のオープンだ。これまでVMwareはプロプライエタリーな技術体系で市場に浸透してきた。しかし全体に価格が高く、このところは伸び悩んでいる。クローズドであるがための壁だ。これを横目に、MidokuraはRed Hatと組んで、OpenStack/Neutronのエコーシステム構築を目指す。仲間を募り、相互連携を基本としたオープンな製品群が出回れば市場は変わる。戦う市場はVMwareと同じエンタープライズだ。そして、ユーザー企業に新たなオプションを提供する。技術的にみれば、VMware NSXのコントローラーは集中型。対するMidoNetは分散配置である。これによって、耐障害性と拡張性を併せ持つ優れたシステムとなる。機能的には、MidoNetはスイッチやルーターのL2/3だけでなく、その上位L4のファイヤーウォールやロードバランサー(予定)までをカバーする。今回のRed Hat認定にとどまらず、既にCanonicalSuSEとの連携も進めている。




=迎え撃つ、Cisco ONE=
さて、SDNを迎え撃つ最大手のCiscoはどうするのか。
昨年6月、CiscoはCisco ONE(Open Network Environment)コンセプトを発表した。彼らの主張は既存製品の優位性を強調しながら、オープン化に対応することだ。つまり、現在のSDNの議論やOpenFlowは重要だが、それだけではネットワークの広範な課題解決には十分ではない。あくまでも経験豊かで現在の市場を握る自分たちが主役となり、状況を見ながら対応していこうという作戦だ。具体的には、同社スイッチCatalystにOpenFlowエージェントの搭載や同NexusにVXLANトンネルを適用、さらにVMware vCloud Directorとの連携もやって見せた。そしてCisco ONEの目玉となるスイッチ/ルータに共通のAPIとDeveloper Tool KitをまとめたonePK(one Platform Kit)がまもなく限定リリースされる。これを使えば既存Cisco製品もOpenFlowスイッチ対応に変身し、既存スイッチ機能とのハイブリッド化が可能だという。OpenFlowコントローラー対応は未定のようだが、今後、どのように動くのか要注意である。

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以上見てきたように、ネットワーク市場の状況は大きく変わりつつある。
専用ハードソフトの組み合わせで市場を寡占してきた大手ベンダー。極論すると、それに挑むのはソフトウェアだけでどこまで戦えるかを問う勢力だ。迎え撃つCiscoは、既存権益を守りながら、新しい流れに対応する。挑戦するソフトウェアベンダーでは、仮想化最大手のVMwareがNiciraを買って自社技術との融合を試み、Microsoftも自社Hyper-VにGREを拡張したNVGRE(Network Virtualization using Generic Routing Encapsulation)を搭載。日本のMidokuraはRed Hatと協業し、OpenStack/Neutronのエコシステム構築に挑戦する。
このようなオーバーレイ方式とは別にホップ・バイ・ホップ方式も動いているBig Switch NetworksのBig Network ControllerやNECのUNIVERGEなどだ。また、OpenDaylightも動き出した。OpenDaylightでは参加各社がコードを持ち寄り、SDNコントローラーやL4~以上の広範囲な部分の開発が進むはずだ。
いよいよ、仮想化の第2幕が本物になりつつある。



2013年9月13日金曜日

時代の流れ!(4) -消えた会社、そしてクラウド-


この数年の間にクラウド市場では多くの会社が統合され、市場から消えていった。
これら多くの買収劇は市場が草創期から成長期に移る際に見られるいつもの現象だ。初期には沢山のスタートアップが登場し、次に、それらの統合が起こり、新たな段階に進む。買収する側はどうやって自社技術を本流にするのかを模索し、される側はまさに投資対効果のExit Storyとなる。ここでは便宜上、分野別に分けて、さらに主なベンダーのクラウドに関してコメントを試みる。

<ハードウェアベンダー>
ハードウェアベンダーによる関連技術の買収は、概ね妥当なように見える。
HPによる3Par買収やHDSのParascale、NetAppのBycastなどだ。

-HP-
HPの場合はDellと競り合って手に入れた3Parを競合力不足だった自社ストレージ製品に取り入れた。HPは元来、企業ユーザー向けのサーバー売りと一般向けプリンターがビジネスの源泉だったが、 2008年にEDSを手に入れ、連邦政府系や大手企業向けのSIビジネスも積極的に手がけて、ハードだけでなくサービスを含めた総合戦略に転換。そして2011年7月のOSCONでOpenStack参加を発表し、同年8月HP Cloudを立ち上げた。コンセプトはHP Converged Cloud。Converged CloudはHPのハード/ソフトを前提に、クラウドアーキテクチャーを提案し、必要があればサービスも提供する。
このクラウドは現在、北米データセンターのみのに適用されているが、日本からもアクセスが出来る。近々リリースされる版は最新のGrizzlyとなり、部分的なSDN(Software Defined Network)も含まれる予定だ。買収案件で見るとVertica(2012/2)はクラウド・ビッグデータ分析向けであり、Hiflex(2011/12)はプリンター部門向けだ。

-Dell-
Dellの場合はコモディティー化による価格低下でハードの箱売りから企業向けソリューション売りへと戦略を転換。そのために業種別マーケティングを徹底し、各種アプリやツールを整備した。クラウド市場への参入はこの戦略の一環であり、OpenStackベースのDell Cloud ServicesをOSCON(2011年7月)で発表した。Delはこのクラウドインフラのプロビジョニング用自動化ソフトCrowbarを開発し、オープンソース化。インテグレーションには買収したBoomiが機能し、総合的な運用環境にはEnstratiusを提供している。またParallelsによる単一OSでコンテナー型の効率的なクラウド環境もOKだ。しかしHPとDellに共通するのは、これだけで戦えるかという不安である。
  • NetAppが分散型ストレージGRIDのBycastを買収(2010/4) 
  • クラウドストレージParascaleはHDSに吸収(2010/8)
  • HPが仮想ストレージベンダー3Par買収(2010/9)
  • HPがビッグデータ分析のVertica買収(2011/2)
  • HPがウェブプリントの独Hiflexを買収(2011/12)
  • DellがインテグレーションクラウドのBoomiを買収(2010/11)  
  • Delllがクラウド管理ツールのEnstratius買収(2013/5) 
<ソフトウェアベンダー>
ソフトウェアベンダーの買収は評価が分かれる。
CAの買った3Teraは上手く行かず、NovellがAttachmateに売却したSuSEもはかばかしくない。それでもSuSEはOpenStackベースのクラウドを2012年8月、SUSE Cloudとして発表した。

-Citrix-
VMwareに対抗心を持つCitrixはOpenStackに参加していたが、2011年7月、CloudStackのCloud.com(旧VMOps)を買収し、クラウド構築ツールの提供を計画した。しかし同社だけで新たな流れを作り出すことは難しく、コードをApacheに寄贈(2012/4)し、Apacheを支援しながらApache CloudStackを製品化することとなった。Citrix CloudPlatformである。もともとCloud.comはOpenStackとの関連も深く、一時期統合の方向も見えたが、この買収によって、2つのオープンソースクラウドが出来てしまった(過去記事の詳細はここ)。Citrixのこのような動きはXenにも当てはまる。Cambridgeで始まったXenは商業化のXenSourceとなり、Citrixによって買収(2007/8)。その後、CitirixはXen Projectを運営、今年4月、そのコードはLinux Foundationに移管されXen Collaborative Projectとなった。しかしながら、CloudStackはOpenStackと異なり、当初、商用ビジネスとして始められた経緯などから大型の適用実績が多い。

-Red Hat-
一方、Linuxで勝ち残ったRed Hatもクラウドでは苦しんでいる。
CitrixによるXenの買収後(2007/8)、追うようにKVMのQumranetを買収(2008/9)し、Red Hat標準のHypervisorとした。そしてVMwareがvCloudの整備に取り掛かると、CitrixもXen Cloud Platform開発をスタートさせ、Red HatはCloud Foundationの検討を開始した。
しかしながらRed Hatのクラウド基盤は紆余曲折し、やっと今年4月、OpenStackベースの製品を発表した。基本となるのはRed Hat OpenStack (RDO)だ。これはCommunity版だが、別に本格的なクラウド向けで商用サポートが必要なRed Hat Enterprise Linux OpenStack Platform(RHELOP)とRed Hat Cloud Infrastructure(RHCI)がある。RHELOPはOpenStackとRed Hat Enterprise Linux (RHEL)を組み合わせたサポート付きのパッケージで、RHCIはRHELOPにマルチクラウド管理ツールのRed Hat CloudFormsと仮想化のRed Hat Enterprise Virtualization(RHEV)を組み合わせた製品である。

-VMware-
VMwareのクラウド対応はInfrastructure3の後継vSphere4から始まった。vSphereはHypervisorのESXをベースとしたクラウドプラットフォームとなり、ユーザーセルフ管理機能を持つvCloud Directorが追加。ユーザーはクラウドインフラとなるvSphereと管理ポータルのvCloud Director、マルチテナント用vShield Edge、課金のvCenter Chargebackなどを組み合わせて利用する。これがvCloud Suiteだ。2012年7月に買収したDynamicOpsはクラウド自動化としてvCloud Directorを支援し、ネットワーク仮想化Nicira(2012/7)とストレージ仮想化Virsto(2013/2)は現在同社が進めているSoftware-Defined Data Centerに向けたものである。特にNiciraはSDNとしてVMware NSX名で今年第4四半期に出荷予定だ。

-Microsoft-
MicrosoftのWindows Azureは2008年に発表、2010年には世界20ヶ国以上に拡大運用してきた。Azureは他のクラウドの多くがIaaSであるのに対し、Windowsに特化したPaaSである。専用クラウドOSのWindows AzureはWindows ServerにHyper-Vをインプリした特別版で、アプリ群とミドルウェアサービス群のAppFablic、そしてSQL Azureからなる。しかし2010年10月、それまでAzureを引っ張ってきたRay Ozzie氏(Chief Software Architect)が退社し、同社の本気度が不安視された。その後Office365のリリース、今年4月にはUbuntu、CentOS、SUSE LinuxをサポートするAzure IaaSを発表。StorSimple(クラウドストレージ)やMetricsHub(パフォーマンス管理)の買収はAzureの機能強化向けである。
  • CAによるグリッドOS 3Tera買収(2010/2)
  • NovellSuSEAttachmateに売却(2011/4)
  • CitrixがCloudStackのCloud.comを買収(2011/7)
  • VMwareがネットワーク仮想化のNicira買収(2012/7)
  • VMwareがクラウド自動化ソリューションのDynamicOpsを買収(2012/7)
  • VMwareはストレージ仮想化のVirstoを買収(2013/2) 
  • Citrixがモバイルデバイス管理Zenpriseを買収(2012/12)
  •  MicrosoftがクラウドストレーレジベンダーStorSimpleを買収(2012/10) 
  •  Microsoftがクラウドパフォーマンス管理MetricsHub買収(2013/3)
<サービスプロバイダー/SIer>
ここではクラウドだけでなく、SIerもサービスプロバイダーとして扱う。
金額的にも、規模的にも我々に衝撃を与えた米キャリアによる計算センターの買収は前回述べた。次に、クラウド関連ではCarboniteによるZamanda、RightScaleのPlanForCloudなど、事情を知った同業の買収は良好だった。またGoogleQuickoffice、傘下のMotorola MobilityによるZumoDriveの買収は、Googleのモバイル重視を反映したものである。

-Salesforce-
SalesforceはCRM事業の浸透と共に、次なる事業領域を求め、2007年9月、force.comをスタートさせた。このPaaSプラットフォームは、登録されたアプリ群の利用だけでなく、個別開発も可能である。このための買収がRubyベースのHerokuやJavaのSpringSourceだ。Salesforceの子会社となったSpringSourceはさらにライフサイクル管理のHypericを買収強化。しかし、CRMのSaaSからPaaSへの道のりは半ばである。
-IBM-
今やHW/SWも提供する巨大SIerとなったIBMのクラウドは初期の模索から脱しIBM SmarterCloud Enterprise(SCE)としてエンタープライズに特化。このためTivoli(システム管理)やWebsphere(アプリサーバー)、Rational(ソフト開発)など、同社の主要ソフトウェアアセットをSCEに搭載し、ユーザーの便宜を図っている。SCEはOpenStackベースの商用ディストリビューションだが、これとは別に今年6月に買収した米SoftLayerも提供を開始した。このクラウドはベアメタルで稼動する効率性を重視したSMB(Small & Medium Business-中小企業)向けだ。今後、この2つをどのように使い分けるのか、はたまた統合するのか、その動向が注目される。 
  •  SalesforceがRubyクラウドのHerokuを買収(2010/12) 
  • Dimension DataがクラウドプロバイダーOpSource買収(2011/6)
  • GoogleがクラウドオフィスツールQuickoffice買収(2011/6)
  • ストレージクラウドZumoDriveをMotorola Mobilityが買収(2010/12)
  •  GoogleがWebアップサーバーのTalaria買収(2013/3) 
  • RightScaleがクラウドコスト分析のPlanForCloudを買収(2012/7)
  •  バックアップCarboniteがオープンソース同Zamanda買収(2012/12) 
  •  EAIツールCast IronをIBMがインテグツールとして買収(2010/5) 
  •  IBMがクラウドプロバイダーSoftLayer買収(2013/6)
  •  全米5位の通信事業者CenturyLinkが3位のQwestを買収(2010/4) 
  •  VerizonがクラウドプロバイダーTerramarkを買収(2011/1) 
  • CenturyLinkSAVVIS買収(2011/4) 

2013年9月3日火曜日

時代の流れ!(3) -米キャリアとデータセンター業界-

米クラウド市場でAmazon Web Serviceがダントツであることは述べた。
今回は、2番手グループとなる大手計算センターの動きを纏めよう。
この分野の動きは端的に言って、米キャリア(通信事業者)による買収劇だった。左図はGartnerのMagic Quadrantだ。この表の縦軸は実行能力、横軸はビジョンの完成度を示し、各企業をこの表にプロットして、リーダー、ビジョナリー、チャレンジャー、ニッチプレイヤーの四分割分析に当てはめる(Quadrant)。AWSは勿論、リーダー中のリーダーだ。TerremarkやSAVVIS、CSC、さらにはDimension Dataが続き、いつもはリーダー分野常連のRackspaceがビジョナリーの上位にいる。
中堅グループ組についてもコメントしよう。
まずサンフランシスコのGoGridだ。同社はISP/Hosting業のServerPathの部門として独立し、2010年にはトップを切ってMicrosoft AzureのPaaSサポートを開始した。しかし、Azure人気の低迷もあって、Rackspaceと並んでいた初期の期待ほどは伸びていない。同じサンフランシスコのJoyentは、オープンソースやUnixを得意とする特徴あるクラウドを提供。同社はLinkedInなどのOpenSolarisユーザーを多数持ち、Ruby、さらにはOpenSolarisとKVMを組み合わせた独自SmartOSなどもサポート。
比較的後発のSoftLayerの場合は投資会社に弄ばされたと言ってよい。同社は2005年にHosting/Cloudプロバイダーとして設立。その同社を2010年8月、投資会社のGI Partnersが買収し、さらに同年10月にはHostingのPlanet Internet Servicesを買って、SoftLayerに統合。そして今年6月、GI PartnersはSoftLayerをIBMに売り渡した。

さて、話を本論に戻そう。
米キャリアにとって、一般ユーザー向けは、携帯電話サービスが主戦場だ。ここはまさにパイを奪い合う激戦状態である。 しかしもうひとつの企業向け市場は、今後の伸びしろが大きい。その重要な武器がクラウドだ。ここに至る米キャリアの歴史は長い。1876年、グラハムベル博士によって電話が開発されて、企業化した。巨大となったBellは1984年の独禁法によって8つのベビーBellに分割。しかしこの分割はうまく行かず、再統合が始まり、数年前まで、AT&T(南西部)、Verizon(東部)の2強プラスQwest(中西部)の時代となった。

1) AT&TとUSinternetworking
分割時のSouth Western Bellは、その後合併を繰り返してSBC Communicationsと改名(1995年)、2005年には旧AT&Tを買収して現社名とした。AT&Tの企業ユーザー戦略はこのSBC Coominications時代から始まった。2000年、EDI(Electronic Data Interchange)で有名なSterling Commerceを$3.9Bで買収し、自社センターによるEDIサービスを開始。そして2006年にはUSinternetworking (USi)を買収した。同社のクラウド戦略の初めはこのUSiである。USiはITバブル後の世界で、CRMのSalesforceと共にASP(Application Service Provider)として名を馳せた。AT&Tの現クラウドSynaptic Compute as a Serviceiは、USiの基盤ソフトと5つの全世界対応のデータセンターから構成されていると言っても過言ではない。
 
2) VerizonとTerremark
AT&Tが西の雄なら、Verizon Communicationsは東の雄である。VerizonもBell AtlanticがNinexを買収し、さらに1998年GTEを合併して現在の社名となった。企業向けクラウドは、過去、Verizon Businessが担当してCaaS(Computing as a Service)を提供していたがはかばかしくなく、2011年1月、$1.4B(約1,400億円)でTerremark Internationalを(フロリダ州マイアミ)買収。Terremarkは売り上げの20%強を連邦政府機関からあげており、東海岸を営業基盤とするVerizonと利害が一致する。現在提供しているのは、TerremarkによるEnterprise Cloudである。
3) CenturyLinkとSAVVIS
AT&TとVerizonが両雄なら、現在の3番手はCenturyLinkである。しかし前述したようにこれまで業界は、2強(AT&TとVerizon)プラスQwest Communicationsだった。この順位を変えたのは2010年4月、業界5位のCenturyLinkによる3位Qwestの買収だ。実際の買収は株式交換で行われたが、Qwestの企業評価は$22.4B(約2兆2,400億円)という途方もない金額だった。こうして、中西部の南に位置(ルイジアナ州モンロー)するCenturyLinkが同じ中西部の北のQwest(コロラド州デンバー)を併合して、西南部はAT&T(テキサス州ダラス)、東部はVerizon(ニューヨーク州ニューヨーク)、中西部はCenturyLinkという構図が出来上がった。3強時代の始まりだ。CenturyLinkの次なる戦略は企業向けのクラウドだ。目を付けたのはSAVVIS(ミズリー州タウン&カントリー)。2011年4月、CenturyLinkは同社を$2.5Bで買収して企業向けクラウドSymphonyを手に入れた。さらに今年6月、PaaS/SaaSプロバイダーのAppFogを買収、同社の持つ15万アプリを追加して追撃体制を整えた。


5) 唯一独立を守るCSC
このような流れの中で唯一独立を守ったいるのはCSC-Computer Science Corporation(バージニア州フォールズチャーチ)だ。CSCの創業者3人は技術系ITのエンジニア。特にRoy Nuttは科学技術言語FORTRANのCo-Creatorとして有名だ。このような背景からCSCは技術分野のコンパイラーやツールベンダーとしてスタートし、後にデータセンターを持つITインテグレータとして成長した。主な顧客として特筆するのはBoeing。その他、国防関連や政府機関、金融機関などに強みを持ち、CSC Cloud Computingを提供している。
4) NTTとDimension Data
米市場、いや世界市場でNTTグループは善戦している。
特にクラウドではNTT Holdingが買収したDimension Dataは特筆ものだ。
南アフリカで1983年にスタートした同社は、事業を北米、ヨーロッパ、オーストラリアへと拡大し、2000年に世界展開を目指してロンドン市場に上場。その後、世界市場進出を狙っていたNTT Holdingが2010年7月に買収、同社はNTTグループの世界戦略の主要なプレイヤーとなった。2011年6月、こんどは同社がシリコンバレーのOpSourceを買収して、クラウド分野にも本格進出。これに先立って、1996年5月には、NTT Communicationsが北米強化策としてVerioを傘下に入れており、Verioからもクラウドを提供している。

-米市場の変化に学ぶこと!-
以上見てきたように、米キャリア(通信事業者)と大手データセンターの統合は進んだ。
米キャリアは分割、そして再統合、現在はAT&TをトップにVerizonが迫り、この両社をCenturyLinkが追う展開だ。この間の携帯電話事業の戦いは周知の通りである。
そして今度は大手データセンターを飲み込み、クラウドを核とする企業顧客市場に焦点が移ってきた。コンピュータ産業は成熟し、ハードウェアは標準化を伴うコモディティー化が進み、ソフトウェアではオープンソース化が広がっている。今や米IBMをコンピュータメーカーとは言わず、インテグレーターと呼ぶ時代となった。コモディティーベースのハードベンダーDellやHPは後退し、一方、拡大するスマホやタブレット市場の背景にはオープンソースがある。
日本市場はどうだろう。
一概に比較することは無理があるが、日本でも通信事業は自由化された。
しかし、依然、NTTが圧倒的な力を持ち、そして3つの携帯キャリアが競い合う。
一方で今やインテグレーターと化した国産・外資コンピュータ会社がいくつも存在し、
彼らは大型のデータセンターを保有する。まるで米国の大手データセンターのようだ。
米ICTの地殻変動はもはや“I=Information”ではなく“C=Communication”からとなってきた。消費者市場のスマホは大方、格好がついた。次の狙いは企業ユーザーだ。自国内だけでなく全世界に張り巡らしたネットワークを使い、グローバル企業のニーズにも対応する。その技術の中心となる次なる”C”は“Cloud”である。日本のキャリアが主導して和製の“I”と融合するも良し、“I”が率先して“C”と統合する方法だってある。そうでなければ世界では生き残れない。