2010年4月27日火曜日

Top 10 Cloud Players-その1 & 2
             -Amazonの成功とGoogleの挑戦-  


クラウドコンピューティングを追いかけ出したのは2007年だった。
何かとんでもないことが起こる予感があった。ボクがここシリコンバレーに始めて本格的に足を踏み入れたのは1994年。インターネット時代の扉を開けたNetscape Communications設立の年だ。同年10月、Netscape Navigator βがリリースされ、世界が変わった。その時の状況とクラウドは似ている。単一技術の登場にはない何か大きな影響力、シリコンバレーのエンジニア達は興奮につつまれた。周知のことだがクラウドより先の90年代末、グリッドコンピューティング(Grid Computing)は世界的な活動となったていたが花開かなかった。そして1996年AmazonがS3を3月、EC2を8月に発表し、クラウドコンピューティング時代が始まった。

今年始めのブログでクラウドは第2のインターネットだと書いた。
これまでのコンテンツ表示を主体とする利用形態を第1のインターネットとすると、第2のインターネット(クラウド)ではコンピュータの持つ2つの機能を扱うことが出来る。保存のためのストレージ(Storage)と演算のためのプロセシング(Processing)だ。インターネット上で演算し、結果を保存するという分かり易い構図は、仮想化の登場と共に一般化した。グリッドの時代にはなかった今日の仮想化技術がクラウドをビジネスとして離陸させ、今ではグリッドがクラウド上で動く時代となったのは何とも皮肉である。

さて、今回から“米国クラウド十傑(Top 10 Cloud Player)”と題して私見を纏めてみる。ここで取りあげるのは、クラウドをビジネスとして成功させているプロバイダーやハードウェアベンダー、さらに注目されるプロジェクトなどである。対象分野が複数にわたるため、あえて順位はつけなかった。


=Amazonの成功の秘訣=

ビジネスの成功組の筆頭がAmazonであることは間違いない。AWS(Amazon Web Services)の正確な売上げ発表はないが、昨年度の売上げは約$200M~$250M(日本円換算200~250億円)だと推測される。この数字が大きいか小さいかは読者の判断だが、これが本場米国の成功組の筆頭だ。そして、何より昨今の日本のクラウド騒ぎを見ていると、何か大きな市場が別にあって、そこになだれ込むような錯覚がある。このブログでも以前何回か書いた。クラウドの普及は短期的にコンピュータ産業全体の総売り上げを押し下げることはあっても、大きく売上げを伸ばす要素はない。仮想化技術の採用で企業の持つサーバー台数は削減され、さらに廉価な外部クラウド(Public Cloud Computing)の利用が進む。ユーザのクラウドに対する一番の期待はコスト削減にある。ましてや昨今の経済状況下ではこの傾向が強い。その上でクラウドが真に定着すれば、近未来、新たな需要が喚起されるという流れである。

さてAmazonの成功の秘訣を整理しよう。

1. ビジネス化という持続的な視点
まず大事なことは、Amazonの場合、採算に乗るビジネスにするにはどうすればよいかという視点を絶えず持ち続け、追求していることである。初期のAmazonのクラウドは本業に使うデータセンタ資源の有効活用が背景にあった。これによって初期投資を押さえ、採算性を向上させた。そしてAmazonインフラを利用するオンラインショッピングのパワーセラーにターゲットを絞り、クラウド利用へと誘導した。この戦略は当たり、気心の知れた初期ユーザの確保、小さなシステムから実績を積み、評判をあげた。

2. コミュニティーの形成
今日の技術浸透には、コミュニティーの存在が絶対条件である。ましてやクラウドのように多岐にわたる技術を導入する場合は、それらが市場に受け入れられるかどうかの検証がいる。さらには市場では今、何が要望されているかという情報も大事だ。これらの技術検証と情報提供がコミュニティーへの期待である。このコミュニティーとAmazonの絶え間ないやり取りの中でAWSは成長してきた。Amazonはコミュニティーとの関係を重視し、互いに議論、時流にあった要望に応えてきた。一方、コミュニティーに参加するデベロッパーの動機も多岐にわたる。そのため、或る層にはAWS Start-Up Challengeなどで直接のベネフィットを与えたり、或る層には優先的に先だし情報や先行利用を提供したり、特別なセミナーを実施したり、色々な角度からモチベーション向上が図られた。これらをコントロールするのがコミュニティーマネジャーの仕事である。

3. 絶え間ない改良
AWSが初期段階から抜け出し、今日の成功を手にした勝因には絶え間ないシステムの改良がある。これにはAmazonのIT部門と戦略部隊の連携が大きい。言い換えれば裏方と表方の仕事である。裏方では、初期の本業用データセンターの間借りシステムから脱し、今では専用のサーバ群が大量に導入されている。これらを維持していくには新たな方法がいる。これまでのようにトラブルが見つかるとそれを直すのではなく、直ちに切り離して、新しいものと差し替える。大規模なクラスタリングシステムからトラブルを見つけ出す“Monitoring”と切り離し“Repeal”は最短の時間で行わなければいけない。もうひとつ裏方の大事な仕事はコミュニティーの動きを注視し、システムの使われ方による負荷傾向や異常を嗅ぎ分けることだ。これらによって安定した運用が可能となる。表方の仕事はコミュニティーの教育や段階的なシステムの改良だ。これらの判断はコミュニティーのフォーラムやプロジェクト、直接のコメントなどから決める。これは学生の勉強度合いにあった授業を行う先生との関係に似ている。急に難しい機能を提供しても利用する側は当惑するし、優しすぎれば飽きてしまう。実際に行われたAWSの機能追加のペースを見ると、初年度の2006年は5件程度、2007年は10件弱、2008年は15件程度、そして昨年(2009)は一気に40件と急増した。今年は既に10件近くにのぼり、この分では50~60件に達するのではないかと思う。この動きはまさにAWSの使い手であるコミュニティーのデベロッパーが成長し、色々な業務を処理するための要求を持っており、それにAmazonが呼応していることを意味する。Amazon成功の理由、それは“コミュニティーとの共生サイクル”にある。


=Googleの壮大な挑戦=

ビジネスとしての成功組の筆頭がAmazonなら、クラウドを含めたインターネット全域で最も貢献しているのはGoogleだ。ただ、Googleが矢継ぎ早に出す各種のサービスやプロダクトが全体として、どのような戦略に則っているのか、主たる広告ビジネスモデルとどう関係しているのか、いつも迷わされる。しかし、Googleの信念がオープン化であることは間違いない。それによってのみ、真の情報化社会は進化し、インターネットは益々拡大、結果、彼らのビジネスモデルに全ては帰結する。勿論、現代のように輻輳し、ネットワーク化された社会ではダイナミックな戦術が求められる。この当たりの事情を頭に入れればGoogleの動きが読めてくる。

1. Web化の世界を広げよう
“オープン化によるインターネットの拡大”、これがGoogleの基本戦略だ。そして、それはWeb化の拡大を意味し、取りも直さずMicrosoftへの間接的な挑戦でもある。近未来、殆どのアプリケーションはWeb上で稼動する筈だ。そのための環境整備を同社は多面的に進めている。2008年秋のChromeブラウザ発表はまさに象徴的だった。Mozilla Firefoxを強力にサポートしてきたGoogleが自前のブラウザを持つという決断は、オープンソース陣営に混乱をもたらすのではないかと心配された。しかしそうはならなかった。Microsoft IE市場が侵食され、Chromeはあっという間にApple Safariを追い越し、Firefoxは微増化傾向にある。そのChromeは昨年夏にChrome OSに成長すると発表され、今年後半、登場の予定だ。Chrome OSを搭載したNetbookやタブレットの試作が既に現れ始めた。一方、2007年末にiPhone対抗として発表されたスマートフォンのAndroidもWeb時代には欠かせない。インターネット機能は向上し、電話機能は脇役に回る時代となりつつある。AndroidはHTCやMotorolaなど複数のベンダーを味方につけ、そして、今年1月、GoogleブランドのNexus Oneが登場した。AppleのiPhoneのように斬新なデザインと機能をウリにして1社で頑張るか、オープンにしてより多くの力を結集して頑張るか、戦いはいよいよ佳境に入ってきた。

2. 目指すはWebベースド・クラウドコンピューティング
今年2月、Googleは1Gbpsの光ファイバーを用いた超高速ブロードバンド計画を明らかにした。これもWeb化推進の大事な実験である。近未来、殆どのインターネットアクセスがファイバー化すれば、その先にGoogleの目指す"Web化の世界”が広がる。2008年春発表のGoogle App Engineもこの戦略の上にある。当初はPython、翌2009年はJavaが可能となった。これによってデベロッパーは自由にWebアプリケーションを開発することが出来る。開発・運用環境の整備が並行して進められた。目指すは“Webベースド・クラウドコンピューティング(Web-based Cloud Computing)”だ。何故、GoogleはAmazonのようにインフラベースのIaaSを提供しないのかという疑問も聞く。これにはシステム的な課題もあるが、それよりもWebアプリケーションの普及こそが重要だという考えが強いからだ。そのためには何が必要なのか、それを見極めるのがApp Engineの目的である。App Engineは周知のようにGoogleの本番使用環境にユーザWebアプリケーションが載るマルチテナント・インフラ(Multi-Tenant Infrastructure)構造となっている。Google Docs/AppsやGmailなども同様にテナントのひとつであり、昨年度だけで100件を超える改良が行われ、64ビット機での高速化実行や開発の容易性は数段向上した。

3. そしてエンタープライズを追う
これまでGoogleの市場はどちらかと言うと一般向けだった。この市場はほぼ色分けされた。そして軸足は少しづつ、エンタープライズに向かった。エンタープライズ市場での位置を確立するための柱はGoogle Appsだ。無償版Google Docs (Document, Spreadsheet, Presentation)は機能を拡充し、ほぼ完成の域に差し掛かり、本命のMicrosoft OfficeからもとうとうWeb版Office 2010 Web Applicationsが出た。Googleによって引っ張り出されたといって良いだろう。これからはWebの世界の勝負になる。今やGmailをパーソナルからメインに切り替える人たちも大勢いる。ここまでに5年がかかった。そして現在、企業向けのGoogle Appsは全世界200万社、延べ2,500万ユーザに達し、もはや、ここが主戦場になりつつある。中でも最大のユーザはロスアンゼルス市、市職員や関連の人たち30,000人が業務として使うまでに成長した。こうなれば、Microsoftの世界から脱してAppsの世界に入るのは慣れの問題だ。4月12日、シリコンバレーマウンテンビューの本社で開催した“Google Atmosphere 2010”はまさに"エンタープライズ宣言”のためのものだった。招待されたのは400名の企業CIOやIT部門幹部の人たちだ。彼らを前にGoogleはこれからはWeb全盛の時代だとし、Google Appsを強力に売り込んだ。今後、彼らが本腰をあげれば大きな勢力になる。ただ、問題はある。GoogleのプラットフォームGFS (Google File System)は安全設計だが、3重に採られるファイルの所在は基本的にどこになるか解らない。しかしながら公的機関の情報は、自国の情報防衛という立場から、データ保管は自国内が条件となる。前述のロスアンゼルス市の場合、住民データの流出を完全に防ぐため、契約条件に国内センターの利用、さらにファイルとしての形を見せない分割や暗号化、障害対策、損害賠償などが細かに明記されている。Googleとしては、このようなモデルユーザをこなし、そこから学んだことを一般化して行くつもりだろう。3月始めにはApps APIを使って、3rdパーティが所有のソフトウェアやサービスと組み合わせ、エンタープライズ向けに販売するGoogle Apps Marketplaceも立ちあげた。Google Appsはまた、信頼性の面でも複数のデータセンターにミラーリングするSynchronous Replicationを取り入れ、ダウン対策やディズアスターリカバリーが可能となった。プロセスベースのセキュリティ改良も動き始めている。まだ道のり半ばだが、これからが楽しみだ。