「クラウド十傑(Top 10 Cloud Players)」の3回目。
前回はクラウドをビジネスとしてどう成功させるかに傾注するAmazon、これに対して、アプリケーションのWeb化に邁進するGoogleの挑戦を述べた。今回はMicrosoftだ。同社は既存路線からクラウドビジネスで大きく転進するチャレンジャーでもある。
Windows Azureの正式リリースは大手ITベンダーに対する攻撃開始だ。
同社にとってクラウドは2つの意味がある。ひとつはライセンスからサブスクリプションへと変遷するビジネスモデル対応、これが表の意味である。もうひとつの裏の意味は、これを逆手にとって、ITベンダーの牙城、オンプレミス領域の切り崩だ。これまでMicrosoftは大手ITベンダーと協調しながらソフトウェアを販売・成長してきた。しかしクラウドの登場でハードウェアはユーザの視界から見えなくなった。ユーザはハード/ソフトの購入からサービス購入へとシフトし始め、これに伴いハードの売り手もソフトの売り手も新たな対応が必要となった。
同社の意気込みは賭けに近いものを感じる。
対する大手ベンダーの動きは鈍い。まず最大手のIBMは、一昔前になろうとする2003年、“On-Demand Service”を発表。笛や太鼓で盛んに宣伝し、世界中のデータセンター装備をこの“Utility Services”に改めた。呼応して一部のベンダーもオンデマンドに追従したが、ビジネスとしては成功しなかった。そして今度のクラウドコンピューティング騒ぎである。苦い経験を持つIBMはクラウドをSmart Businessとして手掛けているが積極的とは言い難い。SunのOpen Cloud Platform(記事1、記事2)はオープンソースとして期待の星であったが、Oracleによる買収で部門責任者のDavid Douglas氏(SVP)と同CTOのLew Tucker氏は退社、腰砕けの状況となりつつある。もともとLarry Ellison氏はクラウドには批判的な発言を繰り返してきたから、これは想定された出来事ではあった。本音を言えば現状を維持したいITベンダー達、対して攻撃的なMicrosoft、これが新たな構図である。
1.クラウドとオンプレミス連携の鍵、AppFbric
Windows Azure Platformの構成は、①基盤となるWindows Azure、②オンプレミスとクラウドを連携させるAzure Platform AppFabric、③SQLServerに替わってデータベース機能を司るSQL Azureの3つからなる。しかしAzureの心臓部がAppFabricであることは間違いない。この機能には基本戦略が投影されている。「クラウドによるITベンダー領域の切り崩し」という命題は、協調関係にあるITベンダーを怒らせることなく、またユーザに不安を持たせない方法で進めなければいけない。このためには「企業内ITシステムをこれまでのオンプレミスからクラウドへと徐々に移行させること」、これ以外に方法がない。ITベンダーには表の理由を見せながら、彼らの提供するクラウドと同じ道を歩む。そしてユーザにはオーバーフローや新規ビジネス対応でクラウド移行を段階的に提案する。その中核がAppFabricだ。こうしてITベンダーに向かっていたハードウェア投資の一部がMicrosoftの収入となる。作戦が功を奏すれば、近未来のライセンスビジネス後退を埋め合わせ、さらなる収益源となる筈だ。一般にITベンダーの提供するクラウドは、オンプレミスのアプリケーション移行となるため、ハードウェア売上げが減って、その分がクラウドに回る循環型だ。大きな収入を得るためには特別な努力がいる。このあたりが米国の大手ベンダーが躊躇している理由である。 (PDC2009 AppFabricなどAzureアップデート記事)
AppFabricの登場には紆余曲折があった。
当初は.NET Servicesと呼ばれて幅広い機能を目指したが、昨年11月のPDC 2009 (Professional Developer Conference)で正式に現在の呼称となり、機能も絞り込まれた。こうして登場したAppFabricはオンプレミスとクラウド、さらにクラウド間のアプリケーションを連携させる。構成要素はAccess ControlとService Busの2つ。AppFbricとは英語のFabricが織物を意味するように、多様なコンポーネントを有機的に結び付けるクラウド用アプリケーションサーバーだと思えば良い。ここでService BusとはオンプレミスやクラウドのAP間を繋ぐESB (Enterprise Service Bus)であり、Access Controlはそのための認証だ。一般にオンプレミスはファイヤウォールで保護されているのでクラウドとの連携にはポートを開けるか、VPNなどを利用する。次にAccess Control ServiceはクラウドAPへのアクセス認証となるもので、Active Directoryなど標準的なIDシステムが統合される。サプライチェーンなどでは、これによって、本社、サプライヤー、小売店など役割に応じたクラウドAPのアクセス設定が可能となる。
2. SQL ServerからSQL Azureへの移行
Windows AzureはPaaS(Platform as a Service)だ。そのプラットフォームの核は専用アプリケーションサーバーのAppFabricだと説明した。もうひとつ大事な要素がある。こちらもオンプレミス切り崩し戦略に沿って登場したクラウドストレージ“SQL Azure”だ。初の本格的なDaaS(Database as a Service)の登場である。この2つがWindows Azureの構成要素でもあり、切り崩しの両輪となる。SQL Azureも初期の名称はSQL Services、そしてPDC 2009で現在の名称になった。機能的にはSQL Server 2008がクラウド化されたものだ。Amazon(やGoogleの)クラウドには簡易データベースがあるが、本格的に構築するには、EC2にMySQLやOracleを載せ、S3にデータベースを作る。このため有償ソフトウェアにはライセンスが必要だ。しかし本格的なクラウドデータベースとして登場したSQL Azureではライセンスは要らず、利用量に応じた費用さえ払えば良い。
勿論、このデータベースはクラウドAPだけでなくオンプレミスAPからもアクセスが可能だ。ユーザから見ればこのデータベースはクラウドサービスだから、ソフトウェアのインストールもセットアップ、パッチも要らず、運用の煩わしさもない。またHA(High Availability)やDR(Disaster Recovery)、さらにFT(Fault Tolerant )として利用したい場合にも、特別なハードソフトの必要はない。ここがSQL AzureがDaaSと呼ばれる所以だ。
実際の利用に向けて、MicrosoftのオープンソースサイトCodeplexから移行ツールSQL Azure Migration Wizardが提供されている。このツールを使えばオンプレミスのSQL ServerからSQL Azure、その逆、SQL Azure間の移行が出来る。同社によれば最も考え易いシナリオは、ミッションクリティカルなデータベースはオンプレミスに置いたまま、コピーをクラウドにあげる。そのSQL Azureデータベースを社外でモバイルなどを使って活動する営業マンに使ってもらう。つまり、ファイル更新はオンプロミスで実行し、同期を取りながら、参照専用データベースをクラウドに置くという方法である。
3. 開発環境整備も進む
Windows Azureの開発環境整備も進んでいる。
クラウド開発のIDEは基本的にオンプレミスと同じVisual Studio 2010だ。さらにAzure関連として幾つかのSDKやツールが提供されている。まずVisual Studioでは今年2月Windows Azure Tools for Visual Studioが出た。.NETでのアプリはこれまで“Web Application”と呼ばれてきたが、Azureでは“Cloud Service”という。このVisual Studio向けツールは2008/2010版を拡張してCloud Serviceを開発できるようにしたものだ。このツールではAzure Drive (PDC2009記事参照)機能も加わった。周知のようにVisual Studioには無償版のVisual Studio Expressも提供されているのでトライアルには便利だ。次にAppFabricにもAppFabric SDKが出荷、さらにAzure全体の理解を促進するWindows Azure Platform Training Kit、ストレージアカウント管理のWindows Azure Management Toolも提供されている。現段階では、これらはややバラバラに提供されているが、いずれかなりの部分はVisual Studioに統合される予定だと聞く。